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2020年06月09日

次亜塩素酸水めぐる拙速報道に苦言 奈良林直(東京工業大学特任教授)

新型コロナウイルスの消毒剤が逼迫している状況のなかで、経済産業省の委託を受けた製品評価技術基盤機構(NITE)は5月29日、アルコール消毒剤の代替となる複数の界面活性剤や次亜塩素酸水の試験結果を公表した。
次亜塩素酸水については、国立感染症研究所のpH5.0のサンプル液では、有効塩素濃度49ppm、噴霧後1分で99.99%の感染値減少の効果が確認されたが、北里大の検証試験では4つのサンプルでウイルス不活性効果が確認されなかった。このことから、中間結果として、現状の進捗状況についてまとめたファクトシートにより、各社の製品の製法やpHの範囲にばらつきがあることや世界保健機関(WHO)や米国疾病予防管理センター(CDC)が消毒剤の噴霧を禁止していることを引用して「噴霧することは控えるように」という記載内容になっている。拙速と言わざるを得ない。

●有識者すら十分な知見持たず
しかし、よく見ると、厚生労働省からの注意として、社会福祉施設等において、「次亜塩素酸ナトリウム液」の噴霧は「吸引すると有害であり、効果が不確実であることから行わないこと」としているが、「消毒薬として示されている次亜塩素酸ナトリウム液に係る注意事項であると考えてよいか」との質問に対し、回答は「貴見のとおり。社会福祉施設等で実施する消毒方法等をまとめたものであり、次亜塩素酸水を用いた市販の製品等の安全性等に言及するものではない」と明記されている。
この公表内容については、NHKやいくつかのマスコミが「次亜塩素酸水、現時点では有効性は確認されずと NITEが公表。NITEでは噴霧での使用は安全性について科学的な根拠が示されていないなどとして控えるよう呼びかけています」と誤って報道した。このため5月30、31日の週末には混乱が拡大し、6月1日の月曜日には、日本テレビが各地で広がる大きな混乱ぶりを伝えた。
報道は次亜塩素酸水の殺菌効果について、長年、研究されている三重大学の福崎智司教授の著書から継ぎ接ぎ引用をしているが、超音波加湿器に依って生じる微細液滴径や、除菌効果(固体表面に付着したウイルス)の減少などについて効果があるとした第7章は引用していない。同章76ページには、人体に影響ないと明記されている。この箇所こそファクトシートに記載すべき内容であり、福崎先生は「有識者の皆様が次亜塩素酸水の十分な知見をお持ちではない」とのご意見である。
また、鳥獣感染症研究で鳥インフルエンザのウイルスを特定したことで世界的に有名な北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターの試験結果でも、NITEの中間報告とほぼ同じ条件下で次亜塩素酸水(pH5.5、40ppm)により新型コロナウイルスが30秒で不活化されたとされており、世界保健機関(WHO)に16年間の勤務経験もある北大の玉城英彦名誉教授が報道発表されている。

●統一表示や使用期限の明記が必要
手指の消毒効果がはっきり出ないのは、製品・製法、pH調整剤のばらつきがあるためで、業界の統一表示や使用期限について明記するようにすれば良い。
次亜塩素酸濃度(FAC)が薄いとすれば、有機物の分解に次亜塩素酸水が使われてしまうからであって、石鹸で手をあらってから、仕上げに次亜塩素酸水を使えば、殺菌力は担保される。アルコールや次亜塩素酸ナトリウムに比べ、次亜塩素酸水には手荒れや皮膚への影響が無というメリットがある。用法や注意事項を明記すれば問題はない。
事故データバンクに記載された2件、すなわち「次亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸水は危険だ」としている方の主張に賛同して、「目が腫れた」とか「職場で噴霧していて呼吸困難になった」とする書き込みがあるが、危険だと主張している人が厚労省に陳情に行って危険だと伝えたら、担当官が「次亜塩素酸水を使わないように通達を出すから心配するな」と言われたと自慢げにSNSに書いていた。
その後、本人の主張は誤りだとSNSで糾弾され、本人も間違いを認めている。十分な精査もなしにデータバンクを引用して次亜塩素酸水を危険だとファクトシートに書き、マスコミに公表して混乱を招くことは、公正な行政を行う上で問題である。 

●空間噴霧の効果と必要性
次亜塩素酸水の噴霧については、超音波加湿器の主な目的が次亜塩素酸水の噴霧として購入され使用されている事実を認識すべきだ。人体への影響についても特に問題になっていないのであるから、社会での使用実績に基づいて判断すべきだ。
また、畜産分野では、産業レベルで畜舎の噴霧に使われている。毒性に敏感な鶏も含め、牛や豚への影響も無い。人畜無害である。1枚のファクトシートで、次亜塩素酸水を使っている自治体や病院、一般家庭などへ無用な混乱を招いている。使用中止となった場合、畜産業で鳥獣感染症を発生させるような経済損失や院内感染を増大させる結果になりかねない。
なによりも空間噴霧の効果については、病院での実績データがある。噴霧をすると病院の患者のいる部屋の壁面や手すりなどの固体表面、床などのウイルスの菌数は、噴霧前の1/100以下に減少している。院内感染は、壁面や床などのウイルスが手の指や口、目に触れたときに起こるのであるから、空間噴霧はもっと積極的に行うべきだ。特に夏場は、冷房で熱中症を防ぐか、あるいはウイルス対策で換気を増やすかの選択になる。冷房してもウイルスの殺菌ができるシステムが必要になる。
米国では沿岸警備隊の消毒マニュアルに、5月4日付けで消毒剤として次亜塩素酸水が追加された。またノーベル賞受賞者の山中伸弥京大教授が、ご自身の新型コロナウイルス対策のHPのなかで、次亜塩素酸水を生成する粉末(ジクロロイソシアヌル酸ナトリウム)が消毒に有効であると述べておられる。6月末まで継続されるNITEでの試験結果に期待したい。加藤勝信厚労相も次亜塩素酸水の利用に前向きと聞く。